サウルはなぜ7日間待てと言われたのでしょう。
なぜ待てなかったのでしょう。
サウル王は、祭司サムエルからギルガルで7日間待てと命じられていました。「私があなたのところに着くまで、そこで7日間待たなければなりません。それからあなたがたがなすべきことを教えます。」(第一サムエル10:8)
サウル王は最終日まで待ちましたが、自分でいけにえをささげてしました。ちょうどその後にサムエルがやって来て、「あなたは、なんということをしたのか」(13:11)と責めました。「あなたの王国は立たない。」(14節)そして別の王が立てられると言われました。
「あなたは、あなたの神、主が命じた命令を守らなかった。」(13節)
サウルには誠実な悔い改めが欠如していました。以下のように見苦しい言い訳を連ねて行動を正当化しました。(11~12節)①イスラエル人が逃げ出し始めた。②ペリシテ人は大兵力でやってきた。③サムエルが時間に間に合わなかった。④神から力をもらうために、いけにえをささげる必要があった。⑤あえていけにえをささげたが、王として当然である。
サムエルはなぜ、7日間待てと言ったのでしょう。
何月何日にギルガルで会おうと言えば済んだ話でした。そもそもサウルは神への信仰が強い人ではなく、霊的な部分が未発達な人でした。それで、この7日間という期間を通じて、サウルの信仰を強める目的があったのでしょう。危機的な場面で、7日間祈りを深め、神を待ち望み、主のみこころを求めるなら、サウルは信仰の王として整えられたはずです。
それに加えて、この7日間はサウルが霊的リーダーシップを発揮する機会となり得ました。不安で心が騒ぐイスラエルの民に対して、心配するな、祈ろう、主は共におられる、主に信頼しようとサウルが人々に語り掛けることもできたのです。
あなたは今、何を待っていますか。あなたが7日間待つ事はとても意義があることです。性急な手段に走らず、忍耐して主を待ちましょう。
「主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。」(詩篇37:7)
「私は主を待ち望む。ヤコブの家から御顔を隠しておられる方を。私はこの方に望みを置く。」(イザヤ8:17)
「もし遅くなっても、それを待て。必ず来る。遅れることはない。」(ハバクク2:3)
□待つとは、主に信頼し、主に祈り、主のみこころを求める大切な備えの時
□目の前の出来事と神とをつなげて考えられる人になろう
□周囲の人に、主を信頼して主を待とうと声をかける人になろう