神の箱をエルサレムに迎え入れる時に問題が発生しました。
荷車に載せて牛に引かせる運搬方法は(第一サムエル6:7)ペリシテ人占い師が考案した異教的なものでした。神の箱の四隅に輪があり、担ぐための棒が付けられていましたが、決してその棒を外してはならないと指定があったのです。(出エジプト25:15)
牛がよろめき神の箱がバランスを崩した時、背後にいたウザは神の箱のどこかをつかみました。(第二サムエル6:6)もしケルビムの翼などをつかめば蓋が開いてしまいます。蓋は罪の贖いの儀式の時の最も聖なる部分で人が安易に触れてはならないのです。ウザは打たれて死にました。
ダビデは怒り、目の前で起こった事を見て主を恐れ(8~9節)、今の自分は神の箱を迎え入れる資格がないと判断しました。
神の箱はキルアテ・エアリムに20年以上放置され(第一サムエル7:2)、サウル王も無視してきたのですが、ダビデは何としても国の中心に据えたかったので、3か月後に再びチャレンジしました。
おそらくダビデは悔い改め、神の箱の運搬方法についての無知、神の言葉に耳を傾けなかった傲慢さなどに気づいたはずです。ですから今回は荷車方式を止め、神の箱を大切に背負って運んでいます。(13節)
「ダビデは、主の前で力の限り跳ね回った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。ダビデとイスラエルの全家は、歓声をあげ、角笛を鳴らして、主の箱を運び上げた。」(14~15節)
ダビデは神の箱をお迎えできることを素直に喜んでいました。その喜びが飛び跳ねる踊りに表れたのです。ダビデは王服を脱ぎ、祭司が普段着ている亜麻布のエポデを着用しました。
妻のミカルは沿道に下りて神の箱を迎える気にはならず、窓からダビデの踊る様子を見てさげすみ、みっともないと彼の面前で非難しました。
「ダビデはミカルに言った。『あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで、主の民イスラエルの君主に任じられた主の前だ。私はその主の前で喜び踊るのだ。』」(21~22)
こんな小さな私を王として選んで下さった主を思うと嬉しくてしょうがないのだとダビデは説明しました。
6章のキーワードは「主の前」(5、14、16、17、21節)という言葉です。これはダビデの信仰の鍵とも言えます。
「私はいつも主を前にしています。主が私の右におられるので私は揺るがされることがありません。」(詩篇16:8)
ハンナが祈っていたのは「主の前」(第一サムエル1:15)でした。幼いサムエルが祭司の服エポデを着て仕えていたのも「主の前」(第一サムエル2:18)でした。
ダビデは神の箱を見て、主の臨在を意識し、主を敬い、主に信頼し、主のために生きたいと「主の前」を強く意識していたのです。
□主はあなたを選んで任じられた
□「主の前」を歩き続けよう