2026年9月6日日曜日

第二サムエル5:1~25 エルサレムのダビデ  

 イスラエルの全長老はヘブロンの王のもとに来た。ダビデ王はヘブロンで、主の御前に彼らと契約を結び、彼らはダビデに油を注いでイスラエルの王とした。(第二サムエル5:3)

 ダビデは戦争せずに、血を流さずに全イスラエルの王になれました。
 サウルが祭司サムエルに油注がれたたった一度の出来事をダビデはずっと大切にしてきました。ダビデ自身もサムエルから油注ぎを受けましたが、イスラエルの長老たちによる油注ぎを受けて上書きしたのは、神からの任命より政治的人間的支持を重んじたように見えます。

 ダビデは次に、新しい都を設置しました。(9節)ヨシュア15:63によると先住民のエブス人がエルサレムに住み続けていたことが分かります。

ダビデに包囲されても、どんな弱い兵隊でも守り通せる天然の要害だとエブス人は豪語しました。(6節)
 ギホンの泉から街中に流れる水道をたどりダビデの軍が侵入、15mの垂直の穴から登り征服しました。ミサイル迎撃システム完備の基地を手に入れたようなものです。

 貿易で栄えたツロの町の王ヒラムは外交的臭覚が優れています。ダビデと安全保障を結ぶことが得策と考え、ダビデ王宮の建設を申し出ました。(11節)荒野の逃亡時代とは打って変わって、ダビデは豪邸に住むことになります。

 エルサレムに住んだダビデはさらに多くの側女と妻を迎えました。(13節)ヘブロン時代に妻が4人増えて6人になりましたが、それでは足らないというのです。
 祭司サムエルが生きていたら申命記17:17に基づき、王は多くの妻を持って心をそらしてはならないとの神の言葉を語ったはずです。周囲の取り巻きはイエスマンだけになっていました。

 ダビデの繁栄を脅威ととらえたペリシテ人は彼らの居住地、海側の平地から山地のエルサレムに向かって攻撃してきました。(17節)ダビデは主の導きを求めて戦い、一度目は正面から押し返して勝利しました。(19~21節)二度目は、主のアドバイスを受けて背面に回って勝利し、ベニヤミンの領地の多くを取り戻しました。(22~25)

 「ダビデはますます大いなる者となり、万軍の神、主が彼とともにおられた。」(10節)

 主のおかげでダビデは大きくされました。ダビデ自身も、信仰を持って、主の導きを頂き、主の前で精一杯歩んでいます。

 しかし、繁栄の横に危険ありです。

 ダビデが繁栄し力を増すにつれて、誘惑や堕落の小さな裂け目が口を開き始めました。神の目よりも人々からの人気。イエスマンの側近。神の守りよりも防衛力のある基地。貿易商人の後ろ盾で建てた豪邸。大勢の側室と妻。連戦連勝による実力の過信。

あなたの番です。あなたは調子がいいですか。落とし穴がありませんか。

 『その日から読む本』という非売品の本があります。1千万円以上の宝くじに当たった人に贈呈される本です。安全な場所にお金を保管せよ、冷静になれ、仕事を止めるな、誰に話すか決めよ、借金を返せなどと書かれています。大金を手に入れてもあなたは変わらないが、周囲の人は必ず変わることを覚悟しなさいと教えてくれます。繁栄の横に危険ありなのです。

 「むなしいことと偽りのことばを、私から遠ざけてください。
  貧しさも富も私に与えず、
  ただ、私に定められた分の食物で、私を養ってください。」(箴言30:8)

 □繁栄の横に誘惑と堕落あり
 □貧しさも富も与えないでください

2026年8月23日日曜日

第二サムエル4:1~12 後ろ盾

 「サウルの子イシュ・ボシェテは、アブネルがヘブロンで死んだことを聞いて、気力を失った。全イスラエルもおじ惑った。」(第二サムエル4:1)

 サウルの息子で唯一残ったのがイシュ・ボシェテでした。将軍アブネルが彼を王として担ぎ上げたので体裁は整っていましたが、指導力も実績も知恵も人気もないのです。イシュ・ボシェテはアブネルを嫌っていました。アブネルが死んだと聞いても喜ばず、ひどく落胆し気力を失いました。2年間も王でいられた(2:10)のはアブネルの後ろ盾があったからだと気づいたからです。

 略奪隊長バアナとレカブはイシュ・ボシェテと同じベニヤミン族(2節)出身でした。将軍アブネルの後ろ盾を失い、このままだとダビデ軍に殺されると危機感を募らせました。

 イシュ・ボシェテがもし死んだ場合、北王国にサウルの血筋の者がいるかが問題になります。「さて、サウルの子ヨナタンに、足の不自由な息子が一人いた。」(4節)5歳の時に事故で歩けなくなったメフィボシェテは当時の考えでは王として不適格であり、後ろ盾は誰もいません。

 略奪隊のバアナとレカブはイシュ・ボシェテ王を殺してダビデに寝返ろうとしました。昼寝中の王をベッドで殺害し、その首を持って夜通し逃げて、翌日、ダビデに差し出しました。二人はダビデがその首を喜び、後ろ盾になってくれてると期待しました。(8節)

 ダビデは、バアナとレカブを死刑に処し、手足を切り落として遺体をさらしました。正しい人を殺し、卑怯な方法で殺害した事を処罰理由としました。(11節)

 3章でダビデは暗殺者ヨアブを処罰できませんでしたが、今回は、正義とは何かを示し、処罰によって国民にルールを徹底させました。厳しさは安全地帯を守る柵のようなものなもので、「あなたがたは正義の種を蒔き、誠実の実を刈り入れ」よ。(ホセア10:12)

 9節のダビデの言葉に注目して下さい。ダビデの信仰が回復してきました。信仰のスランプを通ってきたダビデに信仰の炎が灯されました。

 「主は生きておられる。主は私のたましいをあらゆる苦難から贖い出して下さった。」(9節)

 ダビデは10年近くサウルに命を狙われてきました。イシュ・ボシェテの首が自分の首に見えたかもしれません。そうならないように主が助けて下さった。本当に主は生きておられる。今までずっと自分を守って下さったという強い感謝が生まれました。私は弱い。私は罪深い。それなのに、主は大きな代価を支払って贖って下さった。その後ろ盾があるので今の自分がある。9節はダビデの魂の叫びです。

 あなたの番です。あなたの後ろ盾は誰ですか。あなたも贖い出されてきました。

□後ろ盾に感謝しよう
□主はあらゆる苦難から贖い出して下さる

2026年8月16日日曜日

第二サムエル3:1~39 アブネルとヨアブ 

  北部イスラエルの将軍アブネル。南部の将軍ヨアブ。
 この二人が今日の箇所に登場します。あなたがダビデなら、どちらを信頼しますか、どのように舵取りしますか。

北部の将軍アブネルは、サウルのおじで(第一サムエル14:50)サウルの横で食事をするほどの(20:25)実力者でした。生き残ったサウルの息子イシュ・ボシェテを王とし摂政になり、サウルの側室リツパと通じるほど傲慢になり、それをイシュ・ボシェテに指摘されると激高しダビデに寝返ると宣言しました。(第二サムエル3:8~10)

アブネルには知恵と交渉力がありました。北部の十部族の長老たちと話しダビデを王とすることを承認させた後(17~18節)、サウル王の出身母体のベニヤミン族ともひざ詰めで説得し了承させました。(19節)アブネルは頭の切れる官僚タイプで風見鶏で処世術の天才でした。ダビデに恩を売りダビデのナンバー2になる魂胆です。

アブネルはダビデに言った。「私は、全イスラエルをわが主、王のもとに集めに出かけます。彼らがあなたと契約を結び、あなたが、お望みどおりに王として治められるようにいたしましょう。」ダビデはアブネルを送り出し、アブネルは安心して出て行った。(第二サムエル3:21)

 南の将軍ヨアブとはどんな人物でしょう。
 ダビデの姉の子です。不遜で粗暴な男です。第一サムエルでの目立った活躍は無く、恐らくペリシテ領滞在時に外国の町々を襲う時に台頭し、今日の箇所でもまだ略奪をしていたようです。国内統一や国民の幸せには興味無し。ダビデへの尊敬や恐れがなく、弟アサエルを殺したアブネルへの復讐心からアブネルを卑怯な方法で暗殺しました。(25~27節)


 「知恵は武器にまさり、
  一人の罪人は多くの良いことを打ち壊す。」(伝道者の書9:18)

ダビデは何をしていたのでしょう。
 ヘブロンにいた期間に、北部と対話を進めるなど全国統一に向けた前向きな動きはしていません。ただ、妻を4人増やし、合計6人の息子を得ただけでした。(1~5節)目の前の楽しみだけを享受していたように見えます。

血を流すことなく全国統一する可能性が見えていたのにアブネルはヨアブに殺されてしまいました。ダビデは「私は無力だ」(39節)と嘆き哀歌を作りましたが、ヨアブを呪うだけで何の処罰も与えられませんでした(29節)

 

アブネルやヨアブのような偏りや欠点を抱える優れた人材を生かして用いるのが王の器だと思われます。神から受けた使命に基づいて、国民と部下にビジョンを示し、信仰と礼拝を励まし、正義と平和と幸福を人々にもたらす王が求められます。

 あなたの番です。
 □アブネルやヨアブを生かす器になりたい
 □主のビジョンを掲げて未来を照らす人になろう

2026年8月9日日曜日

第二サムエル2:1~27 王国の分裂

この後、ダビデは主に伺った。「ユダの町のどれか一つへ上って行くべきでしょうか。」主は彼に「上って行け」と言われた。ダビデは、「どこに上ればよいでしょうか」と聞いた。主は「ヘブロンに」と言われた。(第二サムエル2:1) 

 サウル王が亡くなりダビデを取り巻く環境が激変したので、ダビデは真剣に主の導きを求めました。王としての歩みを正式に始めるべきか。どこに行くべきか。

あなたの番です。大きな環境の変化は、新しい世界を開く扉の役割を果たします。主の導きを求めて下さい。神は何を求めておられるか。自分にどんな使命や賜物があるのか。新しい一歩を踏み出す時なのか、どこへ行くべきなのか?

 ダビデの出身部族はユダ族で、その領地は死海西側の山地にありました。その一番南の町ヘブロンにダビデが出て行くと歓迎を受けただけでなく、ユダ族全体としてもダビデを早々と王として承認しました。(4節)

ダビデはわざわざ使者を送りヤベシュ・ギルアデの人々を称賛しました。ダビデもサウル王の死を悲しみ、サウル王を慕うヤベシュの人々も大切にしました。(4~7節)

ダビデはこの時30歳(第二サムエル5:4)、平和に全国統一をしたかったので7年間6か月の時間をかけました。(11節)ヤベシュの人々へのダビデの寛容さは、そうしたダビデの願いを表すものでした。

 あなたが新しい責任を負った時、権力を振りかざして言うことをきかせることができます。あるいは、ダビデのように、忍耐深く、平和裏に全体をまとめて行くやり方があります。あなたはどんな影響力を用いたいですか。

 さて、ほとんど全滅したようにみえたイスラエル軍でしたが、サウルの将軍アブネルが生き残っていました。そして、サウル王の息子イシュ・ボシェテ(40歳)を担ぎ上げてヨルダン川東岸のマハナイムを暫定首都としました。(10節)ダビデの全国統一を阻む勢力になりました。

 北軍の将軍アブネルはまとまった数の兵士を伴い南部の様子を伺いにギブオンにやってきました。南軍のヨアブ将軍も同じような目的で北上しギブオンの池で鉢合わせしました。(13節)

 アブネルの軍人とヨアブの軍人は同じイスラエル人で、この時点で強い敵意や怨念はなかったと思います。ですから軽いノリで、若い者を出して相撲の試合のようなものをしようという話になったのでしょう。戦ううちに、敵意が芽生え、最後には剣を抜いての殺し合いになり、これが戦いのきっかけとなり両軍の全面対決になってしまいました。アブネル軍は360人が亡くなり、ヨアブ軍は19人の死亡という結果になりました。(30~31節)

ヨアブの弟で足の速いアサエルがアブネルに殺された事情が詳しく書かれています(17~23節)。それは、将軍ヨアブの心に芽生えた復讐心がこの後の戦いに強く影響したと言いたいのです。ヨアブは豪胆、冷徹、非情な人間になり、後にアブネル、ウリヤ、アブシャロムなどを殺すことになります。ダビデは、こうした人物のかじ取りをしながら国造りをしなければならないのです。

 ダビデは、ヨアブのように暴力で物事を解決する方法を願わず、約束を守り時間をかけて信頼を勝ち取り神中心の国造りをしようと務めたのでした。

 

 □環境が大きく変わる時、主の導きを求めよう
 □全国統一したいなら辛抱強く待つ
 □権力や暴力によらず、信望を得る努力を

2026年8月2日日曜日

第二サムエル1:1~27 勇士たちは倒れ

「サウルが死んだとき」(第二サムエル1:1)

 ダビデの命を狙って追い回していたサウル王が死にました。

 私たちの人生にも、第一サムエルと第二サムエルがあります。

 サウルに似た先輩や上司や義理の母に悩まされる時がありますが、それがあなたの第一サムエルです。
 サウルのような人が亡くなったり去ったりすると、あなたが王になります。それがあなたの第二サムエルです。その時、あなたは自由で安心ですが、あなたの態度、あなたの雰囲気、あなたの言動がすべて自分に跳ね返って来ることになります。

 ダビデは彼に言った。「状況はどうか。話してくれ。」彼は言った。「兵たちは戦場から逃げ、しかも兵たちの多くの者が倒れて死にました。それに、サウルも、その子ヨナタンも死にました。」(第二サムエル1:4)

 戦場からやって来た若者から戦いの結果を聞きました。イスラエルが負けたことが分かりました。サウルは瀕死の重傷になり、殺してくれと頼まれた若者が息の根を止め、サウルの王冠と腕輪を持って来たというのです。「主に油注がれた方」(14、16節)を殺害した理由でその若者は処罰されました。

 ダビデはサウル王の死を聞き、衣を引き裂き、泣きました。部下も同じ態度で悲しみました。

 17~27節にはダビデの哀歌が記録されています。これは、ダビデが催した国葬に近い位置づけだったのでしょう。哀歌のタイトルは「弓」です。ヨナタンが弓を放ってダビデに逃げろと指示した涙の場面が暗示される題です。

「サウルもヨナタンも、愛される、立派な人だった。生きているときも死ぬときも、二人は離れることはなく、鷲よりも速く、雄獅子よりも強かった。」(第二サムエル1:23)

  ダビデは、サウルとヨナタンを「愛される」、「立派な人」(23節)と評価しました。サウルとヨナタンの遺影の縁を金で飾ったと同じ意味です。

 「勇士たちは倒れた」(19、25、27節)とダビデは3度繰り返しました。サウルとヨナタンの最も輝いた勇士の姿として記憶に留めたかったのでしょう。ヨナタンの戦い方(22節)、サウルの活躍(22節)、鷲や雄獅子のような二人の強さ(23節)、国民に祝福を与えたサウルの功績などを(24節)称えました。

 ヨナタンとの友情は何よりも大きな励ましであり深い絆だったと語りまし。(26節)

あなたの番です。あなたは新しい王であり、あなたの第二サムエルが始まっています。あなたの国民とは誰ですか。何をしてあなたの国民を幸せにしますか。

 □あなたの第二サムエルが始まった
 □亡くなった人に哀悼の意を表し、前任者の功績を称賛しよう
 □あなたは新しい王です、あなたの国民を幸せにしましょう

2026年7月26日日曜日

第一サムエル31:1~13 夜通し歩いて

「さて、ペリシテ人はイスラエルと戦った。イスラエルの人々はペリシテ人の前から逃げ、ギルボア山で刺されて倒れた。」(第一サムエル31:1)

 ペリシテ軍はイズレエル平原を戦場に選び、大軍を集結させ、海岸側から攻めていきました。イスラエル軍はペリシテ軍に回り込まれないように山を背にして守りに徹しました。

 ペリシテ軍は堂々とした押し相撲で東に進み、イスラエル軍は防戦できず、ギルボア山の頂上付近まで追い詰められました。ヨナタンを含むサウルの息子三人が亡くなりました。(2節)

 「攻撃はサウルに集中し、射手たちが彼を狙い撃ちにしたので、彼は射手たちのゆえにひどい傷を負った。」(3節)

 サウル王は体に何本も弓を受けて瀕死の状態になり、自分の剣の上に倒れ込み自害しました。(4節)

 祭司サムエルが亡くなった時、「全イスラエルは彼のために悼み悲しみ」(第一サムエル28:3)と記録されていますが、サウル王の場合は国民の悼み悲しむ姿は見当たりません。

 遠く南部の町ツィクラグにいたダビデがサウル王に剣を抜く必要がなかった事は何よりも大きな主のあわれみでした。

 あなたの番です。あなたの人生で受けた主のあわれみは何ですか。静かに感謝しましょう。

 戦いの翌日、ペリシテ人はサウルの遺体を発見、彼の武具は帰還した折にアシュタロテの宮に奉納しました。遺体については、首と遺体は戦場に近いベテ・シャンの城壁にさらしました。

 「ヤベシュ・ギルアデの住民は、ペリシテ人がサウルに行った仕打ちを聞いた。そこで勇士たちはみな立ち上がり、夜通し歩いて行き、サウルの死体と息子たちの死体をベテ・シャンの城壁から取り下ろし、ヤベシュに帰って来て、そこでそれらを焼いた。彼らはその骨を取って、ヤベシュにあるタマリスクの木の下に葬り、七日間、断食した。」(第一サムエル31:11~13)

 第一サムエルの最後のシーンは、サウル王に深い恩を感じていたヤベシュ・ギルアデの人々による勇気ある行為と心を込めた埋葬の場面で終わります。サウルの勇気と信仰によりアンモン人から救われた事を忘れなかったのです。

 サウルの死に際して、聖書はサウルの愚かさや破滅の理由を述べません。むしろ、ヤベシュの人々の行為を通して、サウルが一番輝いた瞬間に光を当てています。

 神のフォトアルバムには私たちが最も輝いていた時の写真が飾られているのかもしれません。主はあわれみはつきないのです。

 □ダビデは主に油注がれた者を殺害せずにすみました
 □ヤベシュの人のように、受けた恩を感謝しよう
 □あなたが輝いた一コマは、誰かの心に必ず刻まれる 

第二サムエル5:1~25 エルサレムのダビデ  

 イスラエルの全長老はヘブロンの王のもとに来た。ダビデ王はヘブロンで、主の御前に彼らと契約を結び、彼らはダビデに油を注いでイスラエルの王とした。(第二サムエル5:3)  ダビデは戦争せずに、血を流さずに全イスラエルの王になれました。  サウルが祭司サムエルに油注がれたたった一...