2026年9月13日日曜日

第二サムエル6:1~23 神の箱の前、主の前

 神の箱をエルサレムに迎え入れる時に問題が発生しました。

 荷車に載せて牛に引かせる運搬方法は(第一サムエル6:7)ペリシテ人占い師が考案した異教的なものでした。神の箱の四隅に輪があり、担ぐための棒が付けられていましたが、決してその棒を外してはならないと指定があったのです。(出エジプト25:15)

 牛がよろめき神の箱がバランスを崩した時、背後にいたウザは神の箱のどこかをつかみました。(第二サムエル6:6)もしケルビムの翼などをつかめば蓋が開いてしまいます。蓋は罪の贖いの儀式の時の最も聖なる部分で人が安易に触れてはならないのです。ウザは打たれて死にました。

 ダビデは怒り、目の前で起こった事を見て主を恐れ(8~9節)、今の自分は神の箱を迎え入れる資格がないと判断しました。

 神の箱はキルアテ・エアリムに20年以上放置され(第一サムエル7:2)、サウル王も無視してきたのですが、ダビデは何としても国の中心に据えたかったので、3か月後に再びチャレンジしました。

 おそらくダビデは悔い改め、神の箱の運搬方法についての無知、神の言葉に耳を傾けなかった傲慢さなどに気づいたはずです。ですから今回は荷車方式を止め、神の箱を大切に背負って運んでいます。(13節)

 「ダビデは、主の前で力の限り跳ね回った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。ダビデとイスラエルの全家は、歓声をあげ、角笛を鳴らして、主の箱を運び上げた。」(14~15節)

 ダビデは神の箱をお迎えできることを素直に喜んでいました。その喜びが飛び跳ねる踊りに表れたのです。ダビデは王服を脱ぎ、祭司が普段着ている亜麻布のエポデを着用しました。
 妻のミカルは沿道に下りて神の箱を迎える気にはならず、窓からダビデの踊る様子を見てさげすみ、みっともないと彼の面前で非難しました。

 「ダビデはミカルに言った。『あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで、主の民イスラエルの君主に任じられた主の前だ。私はその主の前で喜び踊るのだ。』」(21~22)

 こんな小さな私を王として選んで下さった主を思うと嬉しくてしょうがないのだとダビデは説明しました。
 6章のキーワードは「主の前」(5、14、16、17、21節)という言葉です。これはダビデの信仰の鍵とも言えます。
 「私はいつも主を前にしています。主が私の右におられるので私は揺るがされることがありません。」(詩篇16:8)

 ハンナが祈っていたのは「主の前」(第一サムエル1:15)でした。幼いサムエルが祭司の服エポデを着て仕えていたのも「主の前」(第一サムエル2:18)でした。

ダビデは神の箱を見て、主の臨在を意識し、主を敬い、主に信頼し、主のために生きたいと「主の前」を強く意識していたのです。

 □主はあなたを選んで任じられた
 □「主の前」を歩き続けよう


2026年9月6日日曜日

第二サムエル5:1~25 エルサレムのダビデ  

 イスラエルの全長老はヘブロンの王のもとに来た。ダビデ王はヘブロンで、主の御前に彼らと契約を結び、彼らはダビデに油を注いでイスラエルの王とした。(第二サムエル5:3)

 
ダビデは流血なしに全イスラエルの王になれました。北のイスラエル11部族の長老たちはダビデを王として受け入れたのです。そして、サウルが王であった時に国を動かしていたのはあなたですとお世辞を言い始めました。

 ここで戴冠式としての油注ぎが行われました。サウル王は祭司サムエルにたった一度、しかもとても個人的に油を注がれましたが、ダビデはその出来事を神からのものとしてずっと大切にしてきました。ダビデ自身も家族の前でサムエルから油注ぎを受けていました。けれども、イスラエルの長老たちによる華々しい油注ぎを受けて神の油注ぎの上書きしたのは、神からの任命より政治的人間的支持を重んじたように見えます。

 ダビデは次に、新しい都を設置しました。(9節)ヨシュア15:63によると先住民のエブス人がエルサレムに住み続けていたことが分かります。

ダビデに包囲されても、どんな弱い兵隊でも守り通せる天然の要害だとエブス人は豪語しました。(6節)
 ギホンの泉から街中に流れる水道をたどりダビデの軍が侵入、15mの垂直の穴から登り征服しました。ミサイル迎撃システム完備の基地を手に入れたようなものです。

 貿易で栄えたツロの町の王ヒラムは外交的臭覚が優れています。ダビデと安全保障を結ぶことが得策と考え、ダビデ王宮の建設を申し出ました。(11節)荒野の逃亡時代とは打って変わって、ダビデは豪邸に住むことになります。

 エルサレムに住んだダビデはさらに多くの側女と妻を迎えました。(13節)ヘブロン時代に妻が4人増えて6人になりましたが、それでは足らないというのです。
 祭司サムエルが生きていたら申命記17:17に基づき、王は多くの妻を持って心をそらしてはならないとの神の言葉を語ったはずです。周囲の取り巻きはイエスマンだけになっていました。

 ダビデの繁栄を脅威ととらえたペリシテ人は彼らの居住地、海側の平地から山地のエルサレムに向かって攻撃してきました。(17節)ダビデは主の導きを求めて戦い、一度目は正面から押し返して勝利しました。(19~21節)二度目は、主のアドバイスを受けて背面に回って勝利し、ベニヤミンの領地の多くを取り戻しました。(22~25)

 「ダビデはますます大いなる者となり、万軍の神、主が彼とともにおられた。」(10節)

 主のおかげでダビデは大きくされました。ダビデ自身も、信仰を持って、主の導きを頂き、主の前で精一杯歩んでいます。

 しかし、繁栄の横に危険ありです。

 ダビデが繁栄し力を増すにつれて、誘惑や堕落の小さな裂け目が口を開き始めました。神の目よりも人々からの人気。イエスマンの側近。神の守りよりも防衛力のある基地。貿易商人の後ろ盾で建てた豪邸。大勢の側室と妻。連戦連勝による実力の過信。

あなたの番です。あなたは調子がいいですか。落とし穴がありませんか。

 『その日から読む本』という非売品の本があります。1千万円以上の宝くじに当たった人に贈呈される本です。安全な場所にお金を保管せよ、冷静になれ、仕事を止めるな、誰に話すか決めよ、借金を返せなどと書かれています。大金を手に入れてもあなたは変わらないが、周囲の人は必ず変わることを覚悟しなさいと教えてくれます。繁栄の横に危険ありなのです。

 「むなしいことと偽りのことばを、私から遠ざけてください。
  貧しさも富も私に与えず、
  ただ、私に定められた分の食物で、私を養ってください。」(箴言30:8)

 □繁栄の横に誘惑と堕落あり
 □貧しさも富も与えないでください

2026年8月23日日曜日

第二サムエル4:1~12 後ろ盾

 「サウルの子イシュ・ボシェテは、アブネルがヘブロンで死んだことを聞いて、気力を失った。全イスラエルもおじ惑った。」(第二サムエル4:1)

 サウルの息子で唯一残ったのがイシュ・ボシェテでした。将軍アブネルが彼を王として担ぎ上げたので体裁は整っていましたが、指導力も実績も知恵も人気もないのです。イシュ・ボシェテはアブネルを嫌っていました。アブネルが死んだと聞いても喜ばず、ひどく落胆し気力を失いました。2年間も王でいられた(2:10)のはアブネルの後ろ盾があったからだと気づいたからです。

 略奪隊長バアナとレカブはイシュ・ボシェテと同じベニヤミン族(2節)出身でした。将軍アブネルの後ろ盾を失い、このままだとダビデ軍に殺されると危機感を募らせました。

 イシュ・ボシェテがもし死んだ場合、北王国にサウルの血筋の者がいるかが問題になります。「さて、サウルの子ヨナタンに、足の不自由な息子が一人いた。」(4節)5歳の時に事故で歩けなくなったメフィボシェテは当時の考えでは王として不適格であり、後ろ盾は誰もいません。

 略奪隊のバアナとレカブはイシュ・ボシェテ王を殺してダビデに寝返ろうとしました。昼寝中の王をベッドで殺害し、その首を持って夜通し逃げて、翌日、ダビデに差し出しました。二人はダビデがその首を喜び、後ろ盾になってくれてると期待しました。(8節)

 ダビデは、バアナとレカブを死刑に処し、手足を切り落として遺体をさらしました。正しい人を殺し、卑怯な方法で殺害した事を処罰理由としました。(11節)

 3章でダビデは暗殺者ヨアブを処罰できませんでしたが、今回は、正義とは何かを示し、処罰によって国民にルールを徹底させました。厳しさは安全地帯を守る柵のようなものなもので、「あなたがたは正義の種を蒔き、誠実の実を刈り入れ」よ。(ホセア10:12)

 9節のダビデの言葉に注目して下さい。ダビデの信仰が回復してきました。信仰のスランプを通ってきたダビデに信仰の炎が灯されました。

 「主は生きておられる。主は私のたましいをあらゆる苦難から贖い出して下さった。」(9節)

 ダビデは10年近くサウルに命を狙われてきました。イシュ・ボシェテの首が自分の首に見えたかもしれません。そうならないように主が助けて下さった。本当に主は生きておられる。今までずっと自分を守って下さったという強い感謝が生まれました。私は弱い。私は罪深い。それなのに、主は大きな代価を支払って贖って下さった。その後ろ盾があるので今の自分がある。9節はダビデの魂の叫びです。

 あなたの番です。あなたの後ろ盾は誰ですか。あなたも贖い出されてきました。

□後ろ盾に感謝しよう
□主はあらゆる苦難から贖い出して下さる

2026年8月16日日曜日

第二サムエル3:1~39 アブネルとヨアブ 

  北部イスラエルの将軍アブネル。南部の将軍ヨアブ。
 この二人が今日の箇所に登場します。あなたがダビデなら、どちらを信頼しますか、どのように舵取りしますか。

北部の将軍アブネルは、サウルのおじで(第一サムエル14:50)サウルの横で食事をするほどの(20:25)実力者でした。生き残ったサウルの息子イシュ・ボシェテを王とし摂政になり、サウルの側室リツパと通じるほど傲慢になり、それをイシュ・ボシェテに指摘されると激高しダビデに寝返ると宣言しました。(第二サムエル3:8~10)

アブネルには知恵と交渉力がありました。北部の十部族の長老たちと話しダビデを王とすることを承認させた後(17~18節)、サウル王の出身母体のベニヤミン族ともひざ詰めで説得し了承させました。(19節)アブネルは頭の切れる官僚タイプで風見鶏で処世術の天才でした。ダビデに恩を売りダビデのナンバー2になる魂胆です。

アブネルはダビデに言った。「私は、全イスラエルをわが主、王のもとに集めに出かけます。彼らがあなたと契約を結び、あなたが、お望みどおりに王として治められるようにいたしましょう。」ダビデはアブネルを送り出し、アブネルは安心して出て行った。(第二サムエル3:21)

 南の将軍ヨアブとはどんな人物でしょう。
 ダビデの姉の子です。不遜で粗暴な男です。第一サムエルでの目立った活躍は無く、恐らくペリシテ領滞在時に外国の町々を襲う時に台頭し、今日の箇所でもまだ略奪をしていたようです。国内統一や国民の幸せには興味無し。ダビデへの尊敬や恐れがなく、弟アサエルを殺したアブネルへの復讐心からアブネルを卑怯な方法で暗殺しました。(25~27節)


 「知恵は武器にまさり、
  一人の罪人は多くの良いことを打ち壊す。」(伝道者の書9:18)

ダビデは何をしていたのでしょう。
 ヘブロンにいた期間に、北部と対話を進めるなど全国統一に向けた前向きな動きはしていません。ただ、妻を4人増やし、合計6人の息子を得ただけでした。(1~5節)目の前の楽しみだけを享受していたように見えます。

血を流すことなく全国統一する可能性が見えていたのにアブネルはヨアブに殺されてしまいました。ダビデは「私は無力だ」(39節)と嘆き哀歌を作りましたが、ヨアブを呪うだけで何の処罰も与えられませんでした(29節)

 

アブネルやヨアブのような偏りや欠点を抱える優れた人材を生かして用いるのが王の器だと思われます。神から受けた使命に基づいて、国民と部下にビジョンを示し、信仰と礼拝を励まし、正義と平和と幸福を人々にもたらす王が求められます。

 あなたの番です。
 □アブネルやヨアブを生かす器になりたい
 □主のビジョンを掲げて未来を照らす人になろう

2026年8月9日日曜日

第二サムエル2:1~27 王国の分裂

この後、ダビデは主に伺った。「ユダの町のどれか一つへ上って行くべきでしょうか。」主は彼に「上って行け」と言われた。ダビデは、「どこに上ればよいでしょうか」と聞いた。主は「ヘブロンに」と言われた。(第二サムエル2:1) 

 サウル王が亡くなりダビデを取り巻く環境が激変したので、ダビデは真剣に主の導きを求めました。王としての歩みを正式に始めるべきか。どこに行くべきか。

あなたの番です。大きな環境の変化は、新しい世界を開く扉の役割を果たします。主の導きを求めて下さい。神は何を求めておられるか。自分にどんな使命や賜物があるのか。新しい一歩を踏み出す時なのか、どこへ行くべきなのか?

 ダビデの出身部族はユダ族で、その領地は死海西側の山地にありました。その一番南の町ヘブロンにダビデが出て行くと歓迎を受けただけでなく、ユダ族全体としてもダビデを早々と王として承認しました。(4節)

ダビデはわざわざ使者を送りヤベシュ・ギルアデの人々を称賛しました。ダビデもサウル王の死を悲しみ、サウル王を慕うヤベシュの人々も大切にしました。(4~7節)

ダビデはこの時30歳(第二サムエル5:4)、平和に全国統一をしたかったので7年間6か月の時間をかけました。(11節)ヤベシュの人々へのダビデの寛容さは、そうしたダビデの願いを表すものでした。

 あなたが新しい責任を負った時、権力を振りかざして言うことをきかせることができます。あるいは、ダビデのように、忍耐深く、平和裏に全体をまとめて行くやり方があります。あなたはどんな影響力を用いたいですか。

 さて、ほとんど全滅したようにみえたイスラエル軍でしたが、サウルの将軍アブネルが生き残っていました。そして、サウル王の息子イシュ・ボシェテ(40歳)を担ぎ上げてヨルダン川東岸のマハナイムを暫定首都としました。(10節)ダビデの全国統一を阻む勢力になりました。

 北軍の将軍アブネルはまとまった数の兵士を伴い南部の様子を伺いにギブオンにやってきました。南軍のヨアブ将軍も同じような目的で北上しギブオンの池で鉢合わせしました。(13節)

 アブネルの軍人とヨアブの軍人は同じイスラエル人で、この時点で強い敵意や怨念はなかったと思います。ですから軽いノリで、若い者を出して相撲の試合のようなものをしようという話になったのでしょう。戦ううちに、敵意が芽生え、最後には剣を抜いての殺し合いになり、これが戦いのきっかけとなり両軍の全面対決になってしまいました。アブネル軍は360人が亡くなり、ヨアブ軍は19人の死亡という結果になりました。(30~31節)

ヨアブの弟で足の速いアサエルがアブネルに殺された事情が詳しく書かれています(17~23節)。それは、将軍ヨアブの心に芽生えた復讐心がこの後の戦いに強く影響したと言いたいのです。ヨアブは豪胆、冷徹、非情な人間になり、後にアブネル、ウリヤ、アブシャロムなどを殺すことになります。ダビデは、こうした人物のかじ取りをしながら国造りをしなければならないのです。

 ダビデは、ヨアブのように暴力で物事を解決する方法を願わず、約束を守り時間をかけて信頼を勝ち取り神中心の国造りをしようと務めたのでした。

 

 □環境が大きく変わる時、主の導きを求めよう
 □全国統一したいなら辛抱強く待つ
 □権力や暴力によらず、信望を得る努力を

第二サムエル6:1~23 神の箱の前、主の前

 神の箱をエルサレムに迎え入れる時に問題が発生しました。  荷車に載せて牛に引かせる運搬方法は(第一サムエル6:7)ペリシテ人占い師が考案した異教的なものでした。神の箱の四隅に輪があり、担ぐための棒が付けられていましたが、決してその棒を外してはならないと指定があったのです。...