2026年5月24日日曜日

第一サムエル23:1~29 仕切りの岩

 あなたは主に伺う人ですか。

ケイラの町にペリシテ人が襲い掛かり、食料となる穀物と家畜が奪われてしまいました。その報告がサウル王にではなく、ダビデに届きました。ダビデはすでに王だったのです。 

 ダビデは、行くべきかどうかを主に伺いました。救助するとサウル王にダビデの居場所を教えて危険だという部下の言葉を聞きもう一度主に伺いました。
 同行していた祭司エブヤタルがエポデを用いて主のみこころを尋ねてくれたのです。

 「さあ、ケイラに下って行け。わたしがペリシテ人をあなたの手に渡すから」(第一サムエル23:4)

 困難に見えても自分が行くべきだという場面で、あなたも主に伺って下さい。ダビデは主のみこころを伺い、分かったら従いました。ケイラの人々は助けられました。

 

 サウル王はダビデの所在をつきとめ、ケイラを包囲する作戦に出ました。恩義を感じているはずのケイラの人々が、ダビデをサウルに売るかを主に伺いました。残念ながらケイラの人々は命が惜しかったのでサウルに協力すると主に知らされ、ダビデ一行は乱暴な事をせずに静かに去り、ジフの荒野をさまよいました。(12~13節)

 安全で安心な場所から離れる時かも主に伺う必要があります。

 

 そこにヨナタンが来てくれて、「神によってダビデを力づけた」(16節)のです。ヨナタンは危険を犯して来ました。「神によって」力づけるとはどんな事でしょう。神を礼拝する者として、神の言葉を伝える者として、祈りの結果の洞察を伝える者として、そばにいる事を通してダビデを力づけたのでしょう。

 ダビデは逃亡者で終わらず、イスラエルの王に必ずなる。それは父サウルも分かっている(17~18節)と大きな視点、神の視点から語りました。現代社会で最も求められている人物は<神によって力づける人>なのです。あなたもその一人になりましょう。

 

 ジフ人はダビデの位置情報をサウロに伝えました。サウルはマオンの荒野にやって来て、ダビデを追い詰めました。その時、一人の伝令がやって来て緊急事態を報告しました。ペリシテ人急襲に対処するためサウルはその場を離脱し反撃に向かいました。

 後で分かったのですが、山の片側と反対側を互いに進んでいたので、もう少しで鉢合わせになるところでした。それで、その場所を「仕切りの岩山」と呼ぶようになりました。(24~28節) 
 その後ダビデは死海の西側、泉のあるエン・ゲディに逃れました。

⇒あなたの番です
□主に伺って動く人になりたい
□神によって誰かを力づける人になりたい
□主が奇跡的なタイミングと方法で助けて下さると信じる人になりたい


2026年5月17日日曜日

第一サムエル22:1~23 アヒメレクの悲劇

ダビデの孤独な逃亡生活は一変しました。
 アドラムの洞穴に隠れていた頃、身の危険を感じた親兄弟がダビデを頼ってやって来ました。また、困窮者、多重債務者、サウル王に反発する者も集まり、総勢四百人になりました。(第一サムエル22:1~2)

 今までの自分一人の心配事がちっぽけにみえるほどの状況が激変しました。想定外の経験は、心と信仰を強めます。将来の王は今、訓練されています。

 あなたには守るべき人がいますか。身近な誰かの困りごとを背負う覚悟はありますか。

 ダビデは人々を連れて東の隣国に一時身を寄せました。モアブは、ダビデのひいおばあちゃん(ルツ)の出身地だったからです。(3~4節)

 6~8節で、サウル王は野外で手に槍を持って興奮状態のまま側近のベニヤミン人部隊を叱責していました。「今日のように」「待ち伏せ」(8節)とあるように、サウルへの襲撃事件が起きた直後のようです。自分の息子が首謀者と最初サウルはにらんでいます。

ドエグは、アヒメレクがダビデを助けた昔の出来事(21:7)を今更になってサウルに報告しました。(10節)祭司アヒメレクはダビデを助け、食料と武器を与えただけでなく神に伺いまでたてたと。ドエグの出世目的の発言と思われます。これにより、今回の謀反がダビデと祭司アヒメレクによるものであるとサウルに邪推させる材料提供になります。

「サウルは彼に言った。『おまえとエッサイの子は、なぜ私に謀反を企てるのか。おまえは彼にパンと剣を与え、彼のために神に伺い、そうして彼は今日のように私に逆らって待ち伏せしている。』」(第一サムエル22:13) 

サウル王は、祭司アヒメレクの弁明を退け死罪と断定。近衛兵に死刑執行を命じるも、ためらって動きません。それでドエグが祭司85人を殺害し、町に残っていた祭司家族全員も皆殺しにしました。(18~19節)

アヒメレクの子の中で唯一生き残った祭司エブヤタルはダビデのもとに逃げ、すべてを報告しました。ダビデは次のように言って自分の非を認めました。
 「私が、あなたの父の家の者全員の死を引き起こしたのだ」(22節)

 パンが欲しかっただけで祭司を尋ねた自分の愚かさを悔いています。どんな小さな事であっても、ダビデを助ける行為はサウルの敵と目されるからです。

あの時、サウルの家来ドエグに気づいたので、何らかの対処をすべきだったとも反省しています。自分のせいで虐殺が起きたと認めた上で、エブヤタルを守る覚悟を決めました。ダビデは誰かを守る覚悟のできた人物です。王にふさわしい自覚が困難の中で芽生えています。次の短い言葉にダビデの覚悟が表れています。 

「私と一緒にいれば、あなたは安全だ」(23節)  
  

ダビデがサウルから逃れて洞窟で生活していた時の詩篇57篇にはこうあります。
 「私をあわれんでください。神よ。私をあわれんでください。私のたましいはあなたに身を避けていますから。私は滅びが過ぎ去るまで御翼の陰に身を避けます。私はいと高き方、神を呼び求めます。私のためにすべてを成し遂げてくださる神を。」(詩篇57:1~2)

 →あなたの番です
□サウルのように虐殺するか、ダビデのように自分の非を認めるか
□あなたは、誰を守ろうとしているのか
□すべてを成し遂げて下さる神に頼ろう

2026年5月3日日曜日

第一サムエル20:1~42 ヨナタンの友情 

 ダビデはヨナタンのところに逃げて来て、「私にどんな咎があり、どんな罪があるというのですか」(第一サムエル20:1)と訴えました。ダビデは恐怖と混乱状態にあり、「私と死の間には、ほんの一歩の隔たりしかありません。」(第一サムエル20:3)と述べました。

 ダビデはなぜ、ヨナタンのところに逃げてきたのでしょう。どんな愚痴も受け止めてくれる親友だからです。一緒にいると慰めと励ましを受けるからです。王の息子という立場でダビデとサウル王の仲裁者になれるからです。

 あなたが窮地に立った時、友達のところに駆け込みましょう。主が友を置いて下さったのはその時のためです。友が困難な時は、あなたがヨナタンになりましょう。

ヨナタンは「あなたの言われることは、何でもあなたのためにします。」(4節)と、支援の覚悟を宣べ、サウル王の動向を逐一伝えるとヨナタンは約束しました。

新月祭の食事の席で、サウル王の様子をヨナタンが観察し、ダビデ殺害を決めているなら秘密の暗号で3日後に知らせることになりました。

殺されるとしたらヨナタンに殺されたい(8節)とダビデは宣べました。ヨナタンも慈悲を示さずに私を殺してほしい(14節)と語り、ただし子供だけは根絶やしにしないでほしいと伝え、二人は契約を結びました。

 

新月祭の2日目、ダビデの欠席が分かるとサウル王は烈火のように怒り、ダビデを殺害する意図が分かりました。ヨナタンが説得しようとするとサウルは槍を投げつけました。ヨナタンは怒りに燃えその場を去り、翌日の朝、約束の場所で矢を放ち、手伝いの子供の背中に向かって言いました。「矢は、おまえより、もっと向こうではないか」「早く。急げ。立ち止まってはいけない」(38節)安全だと分かるとダビデが姿を現わし、礼をし、抱き合い、泣きました。ダビデのほうが激しく泣きました。

ヨナタンは冷静に「安心して行ってください」(42節)と語り掛けました。二人をつなぐ友情は揺るがない事実だからです。そして、たとえ二人が地上で再会できなくても二人の上には主がおられるという信仰が支えになるからです。

 

ヨナタンは誰かに似ていると思いませんか。
 ヨナタンはダビデに目を留め、自分自身のように愛してくれた。(第一サムエル18:1、3、19:1、20:17)ダビデがヨナタンを愛したという表現は一行もない。ヨナタンは大切なものを与え(18:4)、愚痴を聞いてくれた。(20:1)何でもすると言ってくれた。(20:4)ダビデのために死ぬ覚悟があった。(20:14)ダビデを励ましてくれた。(42節)主イエスの姿とヨナタンは重なります。

「ヨナタンは、自分を愛するほどにダビデを愛していた」(17節)

 □困った時は、友達のところに行って、何でも聞いてもらおう
 □友情の上に主がおられるので、安心して行け
 □主イエスはヨナタンに良く似ているお方


第一サムエル23:1~29 仕切りの岩

 あなたは主に伺う人ですか。 ケイラの町にペリシテ人が襲い掛かり、食料となる穀物と家畜が奪われてしまいました。その報告がサウル王にではなく、ダビデに届きました。ダビデはすでに王だったのです。   ダビデは、行くべきかどうかを主に伺いました。救助するとサウル王にダビデの居場...