主は、ダビデを選ばれました。新たな王として。
人も、ダビデを選びました。心を癒す演奏者として。
主は、もはやサウルを王とは認めていません。(1、14節)「わたしのために王を見出したから」(第一サムエル16:1)とありますが、それは神の声に聞き従う人を見つけたという意味です。ダビデはベツレヘムの人(4節)でしたが、後にキリスト(救い主)がベツレヘムで生まれ、ダビデの子と呼ばれる流れが始まったのです。
あなたも、仕事、家庭、教会において、主の選んだ後継者を見つけましょう。
「彼の容貌や背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」(7節)
たしかにダビデは美しい目をした若者(12節)でしたが、主はダビデの内面をご覧になって選ばれました。頼もしい7人の兄たちが一人一人サムエルの前に出るプロセスは、ダビデがいかに若く小さく人目に軽んじられていたかが強調されているのです。
サウルが選ばれた際の葛藤や言葉が9章にありましたが、今日の箇所ではダビデの戸惑いや肉声が一切ありません。
兄たちの視線を浴びながらも主の招きを断らず、突然の主の選びに対して従順なダビデの信仰が際立ちます。少年サムエルの主への従順にも重なります。
「主の霊はサウルを離れ去り」(14節)とあります。サウルの家来が「わざわいをもたらす、神の霊」(15節)だと見抜けるほど、サウル王はひどい状態でした。
音楽がサウルを癒すと考えた家来たちは、琴の名手として国中に聞こえるダビデを連れてきました。
主に選ばれたダビデは、人にも認められました。
家来の一人が答えた。「ご覧ください。ベツレヘム人エッサイの息子を見たことがあります。弦を上手に奏でることができ、勇士であり、戦士の出です。物事の判断ができ、体格も良い人です。主が彼とともにおられます。」(18節)
ここにダビデの内面が詳しく書かれています。①音楽で人を癒すことができる人、②戦いにおいて勇気と力のある人、③物事の本質を見極めることができる人物、④主を信頼して主に祈り主と共に歩む信仰者(18節)。ダビデが最初にした仕事は人を癒すことでした。
「神の霊がサウルに臨むたびに、ダビデは竪琴を手に取って弾いた。するとサウルは元気を回復して、良くなり、わざわいの霊は彼を離れ去った。」(23節)
あなたも誰かを癒すために生まれてきました。誰を癒しますか。何をして癒しますか。
あなたの耳、あなたの存在、あなたの涙、あなたの温かい手が人を癒します。
疲れた人、不安な人、苛立つ人の心を聞き取り、その人に寄り添うようにして、音楽を用いてダビデはサウル王の心を癒しました。人を癒す王は、国民の心に共感できる人です。また、神の心にも敏感で従順に従える信仰の人です。
□主に選ばれ、人に認められ、主の働きが始まる
□主の招きを受け入れ、油注ぎの力を受けて主に仕えよう
□あなたは誰かを癒すために生まれてきた