祭司エリは神の言葉を直接聞く力を失っていました。それで、神の人が現れてエリに伝えたのです。その内容は、祭司エリと息子たちの罪に対する処罰、そして、新たな祭司が立てられることでした。
「なぜあなたがたは、わたしが命じたわたしへのいけにえ、わたしへのささげ物を、わたしの住まいで足蹴にするのか。なぜあなたは、わたしよりも自分の息子たちを重んじて、わたしの民イスラエルのすべてのささげ物のうちの、最上の部分で自分たちを肥やそうとするのか。」(第一サムエル2:29)
エリの息子たちは一般市民の純真なささげたものを軽んじました。(29節)父親である祭司エリは息子を処罰しませんでした。それは神を軽んじ、自分の息子たちを重んじる態度です。(30節)ささげものの最上の部分を奪う行為は神への冒涜そのものでした。(29節)主は彼らの罪を厳しく糾弾しました。
その上で主は彼らへの処罰を伝えました。祭司エリの家系を完全に断つ。(32~33節)エリの二人の息子は同じ日に死ぬ。(34節)
「わたしは、わたしの心と思いの中で事を行う忠実な祭司を、わたしのために起こし、彼のために確かな家を建てよう。彼は、わたしに油注がれた者の前をいつまでも歩む。」(第一サムエル2:35)
エリと息子たちの空席を埋めるため、主は新たな祭司をお立てになると言われました。主の心と思いを理解して事を行う人物です。その祭司とは、今はまだ少年にすぎないサムエルのことを指しているのでしょう。
レビ記には5種類のささげ物が細かく説明されています。それは、人が神と共に歩むことを願うなら経験する様々な心の状態にフィットするささげ物です。
神への献身や心を込めた礼拝をしたいなら「全焼のいけにえ」をささげます。小麦や穀物の収穫に恵まれた後は感謝の心を表して「穀物のささげもの」を主のもとに持って来ます。神との交わりを深めたい、神と喜びを共にしたい時は「和解のささげもの」をささげます。神に罪を犯して悔い改めを告白したい時は「罪のささげもの」、誰かに危害や損害を与えてつぐないたい時、人生をやり直したい時は「罪過のささげもの」を差し出します。
祭司の役割とは、人々に寄り添い、いけにえをささげることを補助し、主にお仕えすることです。 祭司は一般大衆の信仰生活の要を司る大切な人なのです。
「大祭司は人の中から選ばれ、人々のために神に仕えるように……ささげものを……ささげるように任命されています。」(ヘブル5:1)
私たちは皆、特別の服や帽子をかぶった祭司ではありません。けれども、神と人々の間に立つことができます。神の思いや神の心を理解した上で、人々の礼拝や感謝の表明を励まして共に喜び、人々の悲しみ、憂い、罪責感、絶望感に寄り添い罪の赦しと希望があることを伝えることができるのです。
主は今日も、現代の忠実な祭司を求めておられます。あなたは主と誰の間に立ちますか。
□人に寄り添う人になろう
□神の思い、神の心を知って、神に仕える人になろう