2025年12月7日日曜日

第一サムエル4:1~11 神の箱 

 今日のテーマ:敗北した後にどうするか

 ペリシテ人は地中海の島々から来た海の民で、海岸地域に5つの町を作り、イスラエルの最大の敵となっていました。9節によると、ペリシテ人がイスラエル人を支配していたことが分かります。イスラエルは自力で剣も作れず鍛冶屋さえ設置が許されていませんでした。(第一サムエル13:19)

今回の戦いは、指導者がはっきりしない無責任状態で、事前の打ち合わせや戦略も不明確で、なにより、主に導きを求め、祈り、礼拝をささげた様子がありません。イスラエル人がペリシテの圧力に耐えかねて一揆のように進軍したように見えます。(1節)

 兵が陣営に戻って来たとき、イスラエルの長老たちは言った。「どうして主は、今日、ペリシテ人の前でわれわれを打たれたのだろう。シロから主の契約の箱をわれわれのところに持って来よう。そうすれば、その箱がわれわれの間に来て、われわれを敵の手から救うだろう。」(第一サムエル4:3)

 初戦に負けたイスラエルの長老たちは、神の助けがないことに気づきました。そこで祈ったり、悔い改めたり、熟慮するなら良いのですが、主の回答を待つことさえしません。神の箱を持ってくれば勝てると短絡的に思いつきました。

神の箱がイスラエルの陣営に到着した時にペリシテ人が「神が陣営に来た」(7節)と感じた事と、イスラエルの発想はまったく同じで、異教的で呪術的です。

 

 戦いに負けた時、どうするか。それが今日の聖書箇所から学ぶ点です。

 負けた事から悔い改めや真実な生き方を見出す場合があります。一方で、負けた後に愚かな行動に出てかえって傷口を広げることもあります。あなたは、どちらのタイプですか。イスラエルの民は後者でした。

戦いの結果は悲惨な敗北で、神の箱も奪われ、祭司ホフニとピネハスも殺されました。(10~11節)戦場から逃げ帰った兵士がシロの町に戻ると、人々は悲嘆に暮れました。(12~13節)

98歳の祭司エリは敗北の知らせを聞き、転倒して首を折り亡くなりました。神と民の間に立つ首の役割を果たす祭司の死として、とても象徴的です。

エリの息子嫁はそのショックで急に産気づいて赤ちゃんを産んで亡くなりました。生まれた子の名前はイ・カボデ(栄光は去った)と命名されました。

彼女は、「栄光がイスラエルから去った」と言って、その子をイ・カボデと名づけた。これは、神の箱が奪われたこと、また、しゅうとと夫のことを指したのであった。(第一サムエル4:21)

 「正しい人は七度倒れても、また起き上がり」(箴言24:16)とあります。信仰者は敗北した時こそ多くを学び、信仰と祈りを持って立ち上がれるのです。

□神をお守りのように考えてはいけない
□導きを求め、祈り、礼拝してから戦おう
□神の栄光は決して消えません

第一サムエル8:1~22 王を求める民 

「ほかのすべての国民のように」(5節、20節)王が欲しい。  私たちは「人並み」という言葉に弱いのです。人並みになればきっと幸せになれる。そう考えて、大切な自分らしさや生き方を一旦横に置き、外見だけは人並みにする人が多い。その結果、失敗します。こんなはずではなかったと嘆くこと...