1、二人の夢
40:9~13をご覧ください。献酌官長の見た夢はぶどうの木が育ち実を結ぶ夢でした。ヨセフは、3日後に元の職にもどれるとその意味を解き明かしました。
一方、料理官の見た夢は不吉な夢で、頭上の籠の食べ物を鳥に食べられる内容でした。(16~19節)ヨセフはその意味を解説し、3日後にファラオの前に出されて処刑され、遺体を鳥がついばむと述べました。
献酌官長と料理官が、三日後はファラオの誕生日だと気づいた時に驚愕したはずです。(20節)
牢屋とは本来どんな場所でしょう。やり直せるか、死刑になるか、そのどちらかを待つ場所です。
釈放が決まったならば、あなたは何を考えますか? 同じ失敗を繰り返すまいと心に決めるでしょう。仕事に一層熱意を傾けることでしょう。
死刑が決まったら、どうしますか? その場合でも、なすべきことがあります。妻や子供との面会させてもらい、感謝の言葉を伝えるでしょう。お金や所有物に関する重要事項をもらさず家族に話すことでしょう。
やり直すことも、閉ざされることも、どちらも人生です。やり直して正解だったという場合もあい、奇跡の再起ということも起こります。一方、プロポーズが拒絶されることもあるし、受験に失敗することもあります。
今でも、主は、私たちに対して将来の予告編を見せてくれる場合があります。未来を知らせるのは、準備をさせるためなのです。
2、ファラオが見た夢
ファラオは不思議な夢を見ました。(創世記41:1~8、同じ内容が17~24節にも再録されています)
7頭の肥えた雌牛がナイル川から上がって来て草を食べ、醜く痩せた7頭の雌牛に食い尽くされる夢です。もう一つの夢は、7つの良い穂が7つの貧弱でしなびた穂に呑み込みまれる夢です。非常に不吉で、ファラオは心が激しく騒ぎました。
誰も夢を解き明かせない時に、献酌官長は2年前の出来事を思い出し(41:1)、王にヨセフを紹介しました。(41:12)ヨセフが侍従長のしもべであって、献酌官長の夢を解き明かし、その通りになった事を告げたのです。ヨセフは牢獄から急遽呼び出されファラオの夢を聞き、その解説をしました。
これから7年間豊作が続くが、その後の7年は悲惨な凶作になると夢の意味を解き明かしました。ヨセフは解き明かしと共に、ファラオの夢の特徴を語りました。王様個人の未来を知らせる夢ではなかったのです。エジプト全体の将来に関わる重要な夢であり、王がリーダーシップを発揮するために神が告げられた性格を持つ夢だと語りました。
「ファラオの夢は一つです。神が、なさろうとしていることをファラオにお告げになったのです。」(41:25)
同じ説明が28節と32節でも繰り返されています。
私は大型フェリーに乗って佐渡島まで行ったことがあります。船の後ろを見ると白波が長く続いていました。また、目的地の島がいつ見えるかと船の進む先も見ました。あなたは、どちらを見るのが好きですか。さて、その船の船長はどちらを見ているのでしょう。もちろん船の進行方向を見ています。私たちも自分の人生の船長ですから、後ろでなくて前を向かなけばいけないのです。
宗教哲学者のキルケゴールは次のように語りました。人生というものは、後ろを振り返れば意味を理解できるが、人生は前向きに進まなければならない。
神はファラオに将来の姿を見せ、決断を促しました。
神は私たちにも何らかの方法で将来を垣間見せてくれる場合があります。みことばで直接教えてくれる場合もあります。あるいは、環境を通して、医師の診断、合格結果、自分の心境の変化、なども将来を知るヒントになります。
主が示して下さった事に基づいて、私たちは決断できます。その決断が、周囲の人を幸せにしたり祝福する場合もあります。
☐みこころが示されたら、行動しよう。あなたの周囲に祝福をもたらすかもしれない。