季節は春。大麦があたり一面に実り、収穫の時を迎えました。1章はナオミの物語でした。2章からはルツの物語になります。黄金に輝く畑の景色は、若い女性が苦境を乗り越え、素晴らしい男性と出会う前触れとなっています。
「有力な親戚がいた。その人の名はボアズであった」(ルツ記2:1)
素敵な独身男性が登場します。名前はボアズ。ナオミの夫の親戚であり、畑を所有している地域の有力者でした。
モアブの女ルツはナオミに言った。「畑に行かせてください。そして、親切にしてくれる人のうしろで落ち穂を拾い集めさせてください。」ナオミは「娘よ、行っておいで」と言った。(2節)
ルツは外国人であり、とても貧しい女性でした。2節と6節で、ルツがモアブ人であることが強調されています。律法には、「モアブ人は主の集会に加わってはならない」(申命記23:3)と書かれていましたが、ルツがナオミの神を信じて正式に改宗者として認定されていたのかもしれません。12節でも、ボアズはルツがまことの神を信じて助けを求めたことを既に知っていました。
ルツは、初めての土地で仕事をすることにしました。「畑に行かせてください」という発言にルツの勇気を感じます。また、ナオミを経済的に支えるという決意と愛を感じます。この言葉に励まされ就職活動をしようと考える人もいるかもしれません。
外国で働きに出ると想像するだけで私たちは足がすくみます。親切にしてくれる人を与えて下さい、良い畑に導いて下さいと、ルツは祈ったことでしょう。思い切って出かけて行って、ここが良いと決めて飛び込んだ畑が「はからずも」ボアズの畑でした。
レビ記23:22に「収穫の落ち穂も集めてはならない。」と規定されています。落穂拾いは、貧しい人と寄留者に仕事と生活の糧を与える制度でした。
ボアズはベツレヘムから自分の畑の様子を見に来て、畑で働く人々に挨拶しました。「主が、あなたがたとともにおられますように。」(4節)
このフレーズには聞き覚えがあります。ナオミも「主が」と言って、神の恵みを語っていました。挨拶の中で自然に主のお名前を出すところにボアズの信仰がにじみ出ています。働く人々もボアズに主の祝福を願う挨拶を返し、ボアズの信仰が良い形で浸透していることがうかがえ、農夫たちからも信頼されていることが分かります。
ルツはもちろん晴れ着を着たり、お化粧などしていません。普段着で、汗をかいて仕事をし、顔にはほこりや泥もついていたかもしれません。「あれは誰の娘か」(5節)とボアズは作業責任者に尋ねました。ボアズは、畑で働く新顔の女性ルツに目を留めました。ルツはまだその視線に気づいていません。
彼女は『刈る人たちの後について、束のところで落ち穂を拾い集めさせてください』と言いました。ここに来て、朝から今までほとんど家で休みもせず、ずっと立ち働いています。」(7節)
畑の作業責任者は、ルツが落ち穂拾いをさせてほしいと申し出た挨拶と熱心な労働態度についてボアズに報告しました。挨拶がきちんとできる人、誰が見ていなくても与えられた仕事に忠実な人。そういう人は結婚相手にふさわしい人です。
この日はルツにとって就職初日と言えます。ルツは畑の全体像も、働く人々の名前や個性も、仕事の手順も何も分からなかったはずです。教えられた役割を果たしながら、一生懸命に働きました。人を見ずに、主だけ見ていたと言っても良いでしょう。
信仰が日常生活ににじみ出るボアズ。ナオミを支えるために主を頼りに仕事を探し、人の目ではなく主を見上げて誠実に働く人がルツでした。二人とも、神を見上げる人です。神を見上げる横顔の美しい人です。
ルツが働いた畑は「はからずも」(3節)ボアズの畑でした。ルツが働き始めた「ちょうどそのとき」(4節)ボアズは畑にやって来ました。主はあなたのために、タイミングを整えて下さいます。主を信頼して、新たなステップを踏み出しましょう。
☐主を見上げる横顔の美しい人になろう。
☐ボアズのように、日常生活に信仰を生かす人になろう。
☐ルツのように、主を見上げて職場を見つけ、挨拶をし、誠実に仕事をしよう。
☐神は「はからずも」「ちょうどそのとき」を演出して下さる方。