2024年5月5日日曜日

ヨハネ2:1~12 カナの婚礼

 ガリラヤのカナという小さな町で結婚式が開かれましたが、ぶどう酒が無くなりました。そんな時、主イエスは大きな水がめに水を入れるよう指示され、それが高級ぶどう酒に変わりました。これが主イエスこそが真の救い主である証拠、「しるし」となったのです。

「イエスはこれを最初のしるしとしてガリラヤのカナで行い、ご自分の栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。」(ヨハネ2:11)

 主イエスの母マリアはこの結婚式に深い関わりがあったようです。

 主イエスは意図的にマリアを「お母さん」と呼ばず、「女の方」としました。これは、血縁関係を脱して、一人の罪人と救い主との関係であることを知らせるためだったのでしょう。マリアはそれに気づいて、使用人に指図する時に「うちの息子」と言わず、「あの方が言われることは何でもしてください」(4節)と述べました。

 結婚式会場には石を削った水がめが置いてありました。80リットルも入る大きな器で、手をきよめるために使う水を入れていました。「6」は「7」に及ばない不完全数で、旧約聖書の律法が不十分であることを暗示させるものです。水をぶどう酒に変えることにより旧約律法が終わり、救い主による新しい時代が来たことを教えています。

旧約聖書においては救い主の到来に伴う印として豊かなぶどう酒のイメージが語られています。「山々は甘いぶどう酒をしたららせ、すべての丘は溶けて流れる」(アモス9:13)ほかにも、エレミヤ31:12、ホセア14:7など。

「宴会の世話役は、すでにぶどう酒になっていたその水を味見した。汲んだ給仕の者たちはそれがどこから来たのかを知っていたが、世話役は知らなかった。」(9節)

主イエスはそっと奇跡をされました。この奇跡は、花婿と花嫁も、結婚式の世話役も、ゲスト全員も知りませんでした。ご自分が脚光を浴びることを避け、結婚式の主役はあくまでも新郎新婦であることを大切にされました。主イエスは謙虚な救い主です。

 

今回の奇跡を振り返りましょう。2つの大切な事に気づきます。

まず、神が愛だと分かります。新郎新婦やその両親は貧しかったと思われます。余るほどのぶどう酒を用意できなかった家族でした。ぶどう酒が無くなる緊急事態になった時も、財力で対処することができません。神は、そんな新郎新婦をあわれみ、高級ワインを溢れるほどお与えになりました。神は愛です。主イエスは、神がどんな方かをこの奇跡によって見せて下さいました。

第二に、神は偉大な力をお持ちです。「すべてのものは、この方によって造られた」(1:3)とあるように、主イエスは神としての力をここで発揮されました。無から有を造る神が、水をぶどう酒に変えたのです。この奇跡は、主イエスがまことの救い主であり、まことの神であることを証明した、しるしなのです。

この奇跡は主イエスがまことの神であり、旧約聖書が預言した救い主であることを証明するものです。それだけでなく、「ひとり子の神が、神を解き明かされた」(1:18)とあるように、父なる神がどのような方を主イエスは奇跡を通して人々に解説されているのです。このようにして「ことば」としての役割を果たしておられます。

7つの奇跡の第一は水をぶどう酒に変える奇跡でした。古い律法や儀式は過去のものになりました。救い主が到来されたので、喜びと祝福に満ちた新しい季節が始まったのです。まことの花婿が来られたのです。

 「水がめを水でいっぱいにしなさい」(7節)

 主よ、あなたの愛にもっと気づかせて下さい。主よ、あなたの謙虚さに近づけますように。主よ、私の目の前にある水をぶどう酒に変えて下さい。

□神は愛です
□水をぶどう酒に変える偉大な力
□私たちの生活に喜びをもたらして下さる主イエス

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