男の子が生まれました。「サムエル」(20節)と名付けたのは夫ではなくハンナで、その名の意味は「彼の名は神」または「神の名前」になります。
しかしハンナは、夫に「この子が乳離れして、私がこの子を連れて行き、この子が主の御顔を拝して、いつまでもそこにとどまるようになるまでは」と言って、上って行かなかった。夫のエルカナは彼女に言った。「あなたが良いと思うようにしなさい」(22~23節)
夫は妻の願いを優先して「あなたが良いと思うようにしなさい」と言いました。さらに夫は「主がそのおことばを実現してくださるように」(23節)と彼の信仰と祈りをにじませました。
ハンナの妊娠と出産を通して二人の絆は深くなっていきました。もうハンナに涙はありません。意地悪してくるもう一人の妻ペニンナの存在は意識の外になりました。
「縦の糸はあなた、横の糸は私」という歌がありますが、今日のハンナとエルカナ夫婦においては、♪縦の糸は信仰、横の糸は愛、織りなす布はいつか必ず神の栄光を現わすことでしょう♪となりますね。
その子が乳離れしたとき、彼女は子牛三頭、小麦粉一エパ、ぶどう酒の皮袋一つを携えてその子を伴って上り、シロにある主の家に連れて行った。その子はまだ幼かった。(24節)
ハンナは最初にいけにえをささげてから祭司に会いました。
「その子はまだ幼かった」と書かれています。普通は母親と離れることが難しい年齢でしたが、ハンナは幼い息子に、神を教え、礼拝を見せ、あなたは祈りの答えで、主に仕えるのよと教えてきたのでしょう。2章1節を見ると、別離の悲しみよりも、この日が来た喜びのほうがまさっています。
ハンナは言った。「ああ、祭司様。あなたは生きておられます。祭司様。私はかつて、ここであなたのそばに立って、主に祈った女です。この子のことを、私は祈ったのです。主は私がお願いしたとおり、私の願いをかなえてくださいました。(26~27節)
かつて「私は心に悩みのある女です」(15節)と自己紹介したハンナは、「私は……主に祈った女です」で、しかもその祈りがかなえられた女ですと言えました。
「それで私もまた、この子を主におゆだねいたします。この子は一生涯、主にゆだねられたものです。」(28節)
神に生涯をささげた人が神の国を作ります。
□共に主を見上げ、互いに愛し合う夫婦になりたい
□ハンナは、主に仕えする人を育てた
□私たちも生涯を主にささげ、主の御顔を拝して生きよう