2025年12月21日日曜日

イザヤ9:1~7 不思議な助言者

しかし、苦しみのあったところに闇がなくなる。先にはゼブルンの地とナフタリの地は辱めを受けたが、後には海沿いの道、ヨルダンの川向こう、異邦の民のガリラヤは栄誉を受ける。闇の中を歩んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が輝く。(イザヤ9:1~2)

紀元743年、アッシリア帝国のティグラト・ピレセルが北方からイスラエルに攻め込んできました。(第二列王記15:29)

北部に位置したゼブルンとナフタリの地域が最初に大きな被害を受けました。人が殺され、多くの人が外国に連れていかれ、残った人は重税で苦しみ、民族としての誇りを失いました。苦しみ、闇、辱め、重いくびき、それが彼らの現実でした。 

それから約50年後に預言者イザヤがゼブルンとナフタリの地に希望があると語りました。苦しみの代わりに喜びと楽しみが来る。闇の代わりに光が来る。恥ずかしめの代わりに栄誉が来る、重いくびきから解放され、戦争は終わり平和が来るというのです。

今のあなたの暮らしはゼブルンやナフタリの人のようですか。そこに希望の光が灯るのがクリスマスなのです。

マタイ4:12~16を読んで下さい。主イエスがガリラヤ湖の町に住み、人々を教え、愛を届け、奇跡を行うことが預言者イザヤの預言の成就だと十二弟子のマタイは理解したのです。ゼブルンとナフタリの人々が希望を持てる根拠は、一人の男の子が生まれること、つまり、主イエスが生まれることなのです。

 

ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。(イザヤ9:6)

 6節のイザヤの預言は、罪を赦す救い主について触れていません。その代わり、救い主の本質を4つの面から説明しています。

救い主は、驚くべきカウンセラーとして私たちの話を聞き、行くべき道を示して下さる方です。神の力を発揮して具体的に私たちを助けてくれます。どんな時も渡したちを見捨てることなく共にいて愛を注ぎ守って下さる父です。私たちを争いから遠ざけ平和を与えて下さる方なのです。

しかも、その赤ちゃんは、「私たちのために生まれる」のです。「私たちのために与えられる」のです。

主イエスは永遠に頼れるあなたのサポーターなのです。

 主イエスのご降誕を心からお祝いします。感謝します。御名を賛美します。
 メリークリスマス。

 

 □救い主は、闇から光へ救い出し、力を与え、平和を下さるお方です 
 □私たちのために、主イエスは生まれた
 □救い主は、私たちを支え守る永遠のサポーター

第一サムエル8:1~22 王を求める民 

「ほかのすべての国民のように」(5節、20節)王が欲しい。  私たちは「人並み」という言葉に弱いのです。人並みになればきっと幸せになれる。そう考えて、大切な自分らしさや生き方を一旦横に置き、外見だけは人並みにする人が多い。その結果、失敗します。こんなはずではなかったと嘆くこと...