ペリシテ人はイスラエルとの戦いに勝利し、神の箱を奪って来たのですが、それが原因で7か月の間疫病で苦しむことになりました。(1節)ペリシテの5人の領主たちは頭を抱えた末、ダゴンの祭司や占い師に神の箱の返却方法についての助言をもらうことにしました。
彼らは答えた。「イスラエルの神の箱を送り返すのなら、何もつけないで送り返してはなりません。神に対して償いをしなければなりません。そうすれば、あなたがたは癒やされるでしょう。また、なぜ、神の手があなたがたから去らないかが分かるでしょう。」(第一サムエル6:3)
助言に従いペリシテ人の5つの町の領主たちは、5つの町を象徴する5つの金のねずみ像を作りました。
償いの方法としてこれは本当にふさわしい方法だったのでしょうか。
異教の民、ペリシテ人は最大限に誠意を示したものかもしれませんが、本当にこの方法がベストだったのでしょうか。神の箱の返却方法にはイスラエルの神を試している面があることも否めません。
償いにおいて一番重要視されるのは、「ごめんなさい、私が悪かったです」という言葉の発出と心砕かれた内面の姿勢です。ペリシテ人の領主たちが先導し、普通の牛車で神の箱を丁重に運び、イスラエルの人々に金の像を手渡して、イスラエルの神とイスラエルの民に謝罪したなら償いの実を結んだと私は思います。
占い師達は不思議な返却方法を提案しました。乳を飲ませている母牛にくびきを付けて車を引かせ、そこに神の箱を乗せるというものです。初めてくびきを付けた牛は拒絶して暴れますし、雌牛は子牛のところに戻るはずです。雌牛たちがイスラエルの村に進んでいくなら、それは、イスラエルの神が生きていることの証明になるというのです。
雌牛は、ベテ・シェメシュへの道、一本の大路をまっすぐに進んだ。鳴きながら進み続け、右にも左にもそれなかった。ペリシテ人の領主たちは、ベテ・シェメシュの国境まで、その後について行った。(第一サムエル6:12)
雌牛が鳴きながら進むという様子は、神が牛たちの行動まで制御される方であることを示しています。
神は、神の時に、神の方法で、事を行われます。主は、ペリシテ人の決断や思いの中にさえ介入されます。主は牛の歩みでさえ支配されます。
神の箱は、ペリシテとイスラエルの領土の境目にあったベテ・シェメシュの村に到着しました。海岸地帯から丘陵地帯に向かう道を、牛は30キロくらいの道を迷うことなく進んだようです。
ヨシュア記21:16を読むと、ベテ・シェメシュは祭司アロンの子らに与えられた十三の町の一つであることが分かります。その町の人々が興味本位で神の箱を開けてしまいました。イスラエルの人々の信仰の腐敗はここまでひどい状態だったのです。それで70人が裁かれて命を失いました。(19節)ペリシテ人ですらそんな不敬な行動をしていません。
一年の終わりに、手帳を振り返り、デボーションノートを見返すことは良い習慣です。感謝と共に、悔い改める事に気づいたら主の前で自分の非を認めましょう。そして、誰かに「ごめんなさい」と言いましょう。償いが必要なら実行しましょう。
□一年の終わりに感謝しよう
□「ごめんなさい」やつぐないが必要なら、そうしましょう
□敵対する人の心の中にも、我々の手が届かない所でも、主は働かれる