2023年6月18日日曜日

マルコ3:13~19 学ぶペテロ 

 ペテロの本籍はガリラヤ湖北部のベツサイダ(ヨハネ1:44)で、結婚して妻とその母と一緒にカペナウムに住み(マルコ1:30)、仕事は漁師(1:17)でした。祭司たちからは無学で普通の人(使徒4:13)と評価され、なまりのある方言を話していた(マタイ26:73)ことが分かります。

ペテロはイエスさまに出会い、ついて来なさいと招かれました。そのままのペテロでは役に立てません。それで、ペテロはイエスさまから学ぶと心に決めたのです。

生涯学び続ける。
 それは人としてとても大切な姿勢です。本当の学びは学校を卒業した後から始まるのです。知識、技術、人格形成、行動、意識、目的、意欲、感覚、世界観などあらゆる分野で学び続け、私たちもキリストの弟子として整えられることを目指しましょう。 

イエスは十二人を任命し、彼らを使徒と呼ばれた。それは、彼らを自分のそばに置くため、また彼らを遣わして宣教をさせ、彼らに悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。(マルコ3:13~14節)

主イエスは12人を正式に任命され、3つのことをされました。そばに置く、遣わして宣教をさせる、悪霊を追い出す権威を持たる。


第一、主イエスのそばに置く。

ペテロは主イエスのそばにいて主イエスの行動や奇跡を間近に見ました。主イエスの教えを一番近くで聞きます。見ると聞く。それは学びのために一番必要な土台になります。主イエスのそばにいることで、主イエスとの心の交流もできます。主イエスからの叱責、慰め、励ましを直接受けるので軌道修正が可能で、心の励ましを頂けます。

私たちに適用すると、毎日聖書を読み続け、教えられたことをノートに書いていくことは主イエスのそばにいることになります。礼拝でも大切な事をメモしましょう。私は25歳で牧師になりましたが今も聖書から新しい感動を頂いています。

第二、遣わされて宣教する。

ペテロたちは自分が福音を実際に語りました。二人一組の伝道旅行にも出かけました。聞くとするとは大違い。聞いて分かったと思っても、自分が語るとなるとうまく話せないものです。とにかく、話してみること、やってみること、それが最良の方法です。

福音を語ることは難しいと言う方がいるので、一番短い救いの証の方法を紹介します。イエスさまを信じたきっかけの聖書の言葉はこれですと聖句を読み、それで心を打たれて信じるようになりましたと言えば一分くらいで話せます。

日曜学校の先生になってみましょう。家庭集会を開いてみましょう。自分の子供たちに聖書を教えてみましょう。

第三、イエスさまに特別な力を付与してもらうこと。

悪霊につかれた人を救出することはとても困難なことでしたが、主イエスはたくさんの人を解放されました。それだけでなく、悪霊を追い出す力を十二弟子にも付与されました。これは神の子にしかできないことです。

当時の人々にとって悪霊の問題は現実的で難しい問題でした。これを私たちに当てはめてみましょう。

私たちが身近な誰かに福音を語る時、人々が抱える問題を知ることになります。そんな時は、その人々を愛し助けながら主からの解決があるように祈り求めましょう。主だけが注ぐことのできる神の力で道が開かれることをきっと経験するでしょう。

主イエスはシモンに新しい呼び名を与えました。それが「ペテロ」という名前です。意味は岩です。揺るがない信仰者、これがペテロの目指す姿、約束された将来像になりました。主イエスから学び続ける人の未来も同じです。あなたに新しい名前が付与されています。

□主イエスから生涯学び続ける
 □あなたが福音を語ってみる
 □主の力を体験する

2023年6月11日日曜日

マタイ4:18~22 ペテロの第一歩 

 今日から8回のシリーズでペテロの生涯をたどります。

ペテロはとても重要な人物です。それはペテロについての記述の多さから分かります。十二弟子の中でペテロ、ヤコブ、ヨハネは側近の3人です。ヤコブの名前は福音書の中に10数回、ヨハネの名前は30数回、そして、ペテロの名前は100回以上登場します。

 福音書は言うまでもなく主イエスの公生涯の記録ですが、その内容は、主イエスの教え、奇跡、十字架と復活です。4つの福音書は著者が異なるのでそれぞれの個性が出ていますが、ペテロとイエスさまとのエピソードは必ず含まれています。

 なぜ、ペテロの事がこんなに多く取り上げられているのでしょう。ペテロは私やあなたのことだからです。4人の著者はペテロの中に自分を見ているのです。ペテロという人物に対して主イエスが接した様子から、主イエスの人柄、主イエスの愛が分かるのです。

「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」(マタイ4:19) 

主イエスが十二弟子を招く時は、「わたしについて来なさい。」と言われました。誰に対しても基本は同じです。収税所に座っていたマタイにも「わたしについて来なさい」(マタイ9:9)と言われました。ピリポに対しても「わたしに従って来なさい」(ヨハネ1:43)と言われました。

主イエスについて行くのは難儀なことなので、とても私にはできないと言う人がいます。それは、主イエスについて行くことの素晴らしさに気づいていないからです。

主イエスについて行くとは、第一に、いつも主イエスが前を進まれるという意味です。
 主イエスは私たちの前を歩かれるので私たちは後からついて行けばよいのです。それは安心なことです。主イエスが目の前で模範を示し、教えてくれるので多くの事を学べます。主イエスが道を指し示し、ビジョンを見せてくれます。自分では考えもつかなかった新しい事に挑戦できるようにしてくれます。主イエスについて行くことで、豊かにされ、成長し、可能性が広がるのです。

主イエスについて行く第二の意味は、いつも主イエスが一緒だということです。
 主イエスについて行くなら、主イエスと心の交流ができます。主イエスの言葉がいつも聞こえるし、こちらの考えも聞いてもらえます。助けてもらえるし、私たちも何かの役に立てます。失敗したときには叱責の言葉、落ち込んだ時は慰めや励ましの言葉を受けられます。主イエスの愛を受け取れますし、私たちも主イエスに愛を表すことができます。

ペテロが主イエスに招かれた場面をイメージして下さい。無学で普通の人のペテロ、なまりのある方言を話す一介の漁師が、主イエスさまに選ばれて招かれたのです。ペテロはきっと嬉しかったと思います。主イエスも笑顔で声をかけて下さったと私は想像しています。ペテロは自分の価値を認められた事を心から喜び、ペテロが必要だと言って下さった事を光栄に感じたはずです。

ペテロは躊躇なく網を捨てて主イエスについて行きました。この第一歩が、彼の人生を祝福に満ちたものに変えました。その結果、多くの人々がペテロを通して主イエスを知り、信仰に導かれ、教会が励まされました。今では、世界のどこの国にも「ペテロ」という名前の人が大勢います。

あなたも、ペテロのように主イエスについて行きましょう。

→あなたの番です
□選んでいただいたことを感謝しよう
□主イエスに一生涯ついて行くと心に決めよう
□主イエスが前を進まれるので、私たちは豊かにされる

2023年5月28日日曜日

ルツ記4:13~22

  ボアズはルツを迎え、彼女は彼の妻となった。ボアズは彼女のところに入り、主はルツを身ごもらせ、彼女は男の子を産んだ。(ルツ4:13)

  ルツ記の最終回になりました。

 ボアズとルツの結婚式が行われました。やがて男の子が誕生しました。近所の女性たちは、赤ちゃんを抱くナオミを囲み一緒に喜んでくれました。そして、「主がほめたたえられますように」(14)と口々に言いました。ルツ記の最後を飾る美しい場面です。

この女性たちは、ナオミとルツがベツレヘムに帰って来た姿を見て、「まあ、ナオミではありませんか」(1:19)と言って悪い噂や陰口を広げた人と同じ人々の可能性がありますが、今では主をほめたたえる人になりました。土地の贖い、結婚式、赤ちゃんの誕生の一連の出来事を見て、心が洗われ、主のみわざに気づいたのでしょう。

彼女たちは赤ちゃんにオベデと名付けてくれました。(参照:ルカ1:57~65、エリサベツの子も近所の人がザカリヤと名付けようとしていました。)

 周囲の人々が私たちの生き方を見て、主をたたえてくれたら幸いです。そうです、私たちの人生の目標は個人の名誉や富や成功ではなく、神の栄光なのです。

 

 思い起こすと、ベツレヘムに戻って来た当時のナオミとルツは、暗く、悲観的で、貧しく、生きるだけで精一杯でした。でも主が姑と嫁を一歩一歩導いて信仰を強めて下さいました。ナオミも適切な助言をルツに与えることができました。ルツも勇気を出して行動できました。ボアズもルツに応答して土地の売買を実行しました。そして最後は素晴らしいハッピーエンドを迎えました。

ルツ記は、私たちの人生にも同じことが起こると励ましているのです。今日が涙と悲嘆と失望と孤独の日でも、主がおられるのでそれで終わりではなく、最後は祝福と笑顔と主の栄光になるのです。

 

 ルツ記最後の部分、18~22節にはユダ族の系図が書かれています。ユダの子孫は、嫁タマルによって生まれたペレツが主流となりました。その流れにボアズが生まれ、その息子がオベデとなり、その子がエッサイ、エッサイの末っ子がダビデです。

 ボアズもルツも彼らのひ孫が偉大な王になる姿は見ずに地上生涯を終えたはずです。マタイ1:2~6と1:16を読むと、この系図の最後に救い主イエスさまが生まれています。ナオミもルツもボアズも神のビッグピクチャは想像もつきませんでした。

ナオミもルツも陸上競技のトラックを一周する400mリレーの走者の一人と同じです。自分に託されたパートを全力で走ったのです。それで最終走者がイエスさまになるという祝福に連なったのです。あなたの人生は今祝福されるだけでなく、後の子孫やあなたと関わりのあった人に後に素晴らしい影響を与え、あなたの知らない世代で大きな花を咲かせることがあるのです。

「主によって、人の歩みは確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は転んでも倒れ伏すことはない。主がその人の腕を支えておられるからだ。」(詩編37:23~24)

□私たちの決断と行動が最終的に主の栄光を表す。
 □主は、わたしたちを悲しみと失望から光と喜びに導いて下さる方。
 □あなたはリレー選手の一人、自分のパートを精一杯走ろう。

2023年5月22日月曜日

ルツ記4:7~12

今日の箇所にはボアズによる買い戻しが正式に完了したことが書かれています。

「昔イスラエルでは、買い戻しや権利の譲渡をする場合、すべての取り引きを有効にするために、一方が自分の履き物を脱いで、それを相手に渡す習慣があった。これがイスラエルにおける認証の方法であった。」(ルツ記4:7)

ルツがボアズに求婚した時とルツ記が書かれた時代の間にはかなりのタイムラグがあることが7節の記述で分かります。履き物を脱いで渡すという商習慣はかなり昔に途絶えていたようです。

このようなわけで、ルツ記が書かれたのはダビデが王に即位し、王国が栄えた後に書かれたものだと推測できます。ダビデは、自分の力で王になったと考えていませんでした。すべては主の助け、導き、あわれみによると考えました。また、ダビデの先祖ナオミ、ルツ、ボアズが信仰をもって勇敢に行動してくれたので、血筋が途絶えることなく、ダビデに命が与えられたと考えていたのです。

私たちも、神が備えてくれた先駆者、良いものを子孫に伝えてくれた恩人として先祖たちに感謝できます。あなたにとってのボアズやルツは誰ですか。

ボアズは9~10節で、ナオミとエリメレクの土地を買い取ったと述べ、ルツを自分の妻とすることにより血筋を守ったと宣言しました。

ユダヤ人は土地と血筋の二つをとても大切にしました。その二つは、神がアブラハムに与えた約束の中心でした。神はアブラハムにこの土地を与えると約束されました。また、子供のいないアブラハムに必ず息子が与えられ、その子孫が星の数ほど増えると言われました。土地と子孫。それは神から頂いた最も大切な祝福だったのです。

あなたにとっての土地と血筋とは何でしょう。今、手にしている財産や土地。先祖や父母から受け継いだ性格、能力、容姿やスタイル、生まれた場所などが私たちにとっての土地や血筋なのかもしれません。両親がクリスチャンなら、そこからも大きな恵みをもらっています。神から頂いた祝福を感謝しましょう。

どうか、主が、あなたの家に嫁ぐ人を、イスラエルの家を建てたラケルとレアの二人のようにされますように。(ルツ記4:11)

長老たちはボアズとルツの結婚を喜び、十二部族の母となったラケルとレアのようにルツが用いられるようにと祝福してくれました。ボアズがベツレヘムを含むエフライム地方で繁栄するようにと願ってくれました。そして、ルツによって子孫が与えられるように祈ってくれました。

かつて十二部族の一つ、ユダ族が途絶えそうになった時がありました。創世記38章に詳しく書かれています。その時、ユダの家に嫁いだタマルが勇気ある行動をしたので、ユダの血筋が存続でき、ペレツが生まれ、その子孫にボアズが生まれました。(マタイ1:3)

ボアズの行動は、ルツへの愛情の表現にとどまらず、ユダ族の土地と血筋を守ることになりました。ボアズは経済的に大きな犠牲を払い、外国人を妻にするという困難も乗り越え、それによって神への愛をあらわしました。

 □あなたにとっての先祖ボアズとルツに感謝しよう。
 □神から与えられた「土地」や「家族」とは何だろう。
 □神から与えられた良きものを守り続けよう。

2023年5月14日日曜日

ルツ記4:1~6

 ボアズは町の長老十人を招いて、「ここにお座りください。」と言ったので、彼らも座った。(ルツ記4:2)

ボアズは深夜、足元にいたルツと話して自分がなすべき事が何かを理解しました。おそらくボアズはその夜ずっと祈っていたはずです。そして、具体的な計画を練り上げていたことでしょう。朝になるとボアズはすぐに行動し、町の門に座りました。10人の長老を招き、買い戻しの手続きを正式に行うことにしました。

あなたは重大な事柄が目の前にある時、ボアズのようにまっすぐに対処できますか。多くの人は、直進できずに、避けたり、別な事をしたり、逃げたり、先延ばししたり、動けなくなったりします。一番大事な事にきちんと向き合いましょう。ボアズのように、祈り、段取りを整え、具体的に行動してみましょう。

ちょうど、ボアズが言ったあの買い戻しの権利のある親類が通りかかった。(4:1)

ルツ記にはびっくりするような奇跡は一つもありません。ですが、「はからずも」(2:3)、「ちょうどそのとき」(2:4)、「ちょうど」(4:1)というように、タイミングが絶妙なのです。私たちの日常生活にも主の見えない御手が働いているのです。

 「モアブの野から帰って来たナオミは、私たちの身内のエリメレクの畑を売ることにしています。」(3節)

「もし、あなたがそれを買い戻すつもりなら、それを買い戻してください。」「あなたを差し置いてそれを買い戻す人はいません。」「私はあなたの次です。」(4節)

ボアズはルツと結婚したかったのですが、がむしゃらに話を進めませんでした。優先権のある親類にエリメレクの畑の話をして、その人の決断を尊重しました。祈って備えた人は、自分の願い事であっても結果は主の御手にお任せできるのです。

 その親類はその土地を買い戻しますと一旦は述べましたが、「死んだ人の妻であったモアブ人の女ルツを引き受けなければなりません。」(5節)とボアズがコメントすると急に態度を改め、ボアズに譲ると言い出しました。外国人のルツを妻にする用意はできていなかったようです。

 わたしに代わって、あなたが買い戻してください。私は買い戻すことができません。(6節)

 ボアズは、親類の行動を予想していたのであわてることなく、「モアブの女」という言葉を強調して交渉しました。提案の仕方を練り上げていたことがうかがえます。最後には、買い戻しの権利のある親類に感謝されるような形で、土地の売買は成立しました。

ボアズは主に完全にゆだねつつ、最善を尽くしました。これは信仰者の生き方の基本姿勢です。主の前に完全に両手を開きつつ、自分ができるベストを実行しましょう。

 □大事な事柄の実現のため、まっすぐに行動しましょう。
 □そのため、よく祈り、よく準備しましょう。
 □最終結果は、主におゆだねしましょう。

 

2023年5月7日日曜日

ルツ記3:6~18

 ルツはナオミの指示に従いボアズの足元に忍び込みました。あなたがルツなら、そこで何を考えるでしょう。今回の行動がボアズに受け入れられるようにとひたすら祈ることでしょう。最初の一言を何度も心の中で繰り返すことでしょう。

 ボアズは夜中、人の気配を感じて飛び起きて、あなたは誰だと聞きました。

 「わたしはあなたのはしためルツです。あなたの覆いを、あなたのはしための上に広げてください。あなたは買戻しの権利のある親類です。」(ルツ記3:9)

 「おおい」という単語はヘブル語でカナーフ、2:12でボアズが用いた言葉で、直訳は「翼」です。ルツは、神の翼の保護を求めてこの地にやって来ましたが、あなたの翼でもおおって欲しいのですと伝えました。逆プロポーズでありながら、へりくだった姿勢を切々と伝えました。ボアズがあがないの権利のある親戚なので、姑ナオミが失った土地を買い戻して下さいと頼みました。

 ボアズ即答し、イエスと言いました。その土地を買い戻し、土地の元所有者の未亡人と結婚するという一連の行為が<買い戻す>という意味でした。

 ボアズは、「娘さん、もう恐れる必要はありません。あなたが言うことはすべてしてあげましょう。」(11節)

 買い戻しの権利のある親類はボアズ以外にもう一人、優先権を持つ者がいるとボアズは述べました。ボアズは既にナオミの土地を買い戻すつもりで具体的な手順を確認済みだったのです。大切なことは、主のみこころを求めながら計画し決断する事です。

「その人が親類の役目を果たすことを望まないなら、私があなたを買戻します。主は生きておられます。」(13節)

ボアズの目の前には困難の壁がありましたが、生きておられる主によって乗り越えられると前向きに考えました。誰でもボアズと同じ信仰に立てます。あなたも口から声を出していいましょう、主は生きておられると。

 ナオミは、ベツレヘムに戻った時「素手で帰された」ことを嘆いていました。(1:21)ボアズは、「手ぶらで帰ってはならない」(3:17)と言って大麦6杯をルツの上着に入れ結納代わりに持たせました。ナオミはそれを見て言いました。「あの方は、今日このことを決めてしまわなければ落ち着かないでしょうから。」(18節)

 もしルツが否定的な人なら、ナオミの今回の作戦を退けてこう反論したでしょう。ボアズと自分は住む世界が違い過ぎる。現実は甘くない。社会は不公平で冷たいと。良く考えて下さい。現実とは、あなたの決断や考え方が積み重なってできた地層のようなものです。ですから、信仰という名の絵具を用い、決断という名の筆によって、絵を描くなら、現実は油絵のように上書きできるのです。ルツのように、ボアズのように、主を信頼して、美しい絵を新しく描いていきましょう。

 奇しくもルツとボアズの発言はそっくりで前向きです。5節のルツの発言と11節のボアズの発言を英訳聖書で見れば分かります。私はします=I will doという強い意志と信仰が感じられます。

I will do whatever you say. 「おっしゃることは、みないたします。」(5節)

I will do for you all you ask. 「あなたが言うことはすべてしてあげましょう。」(11節)

 

 □勇気を出して「おおって下さい」と言いましょう。
 □主は生きておられるので、困難にひるまずに行動しましょう。

 □あなたらしく新しい現実を描きましょう


2023年4月23日日曜日

ルツ記3:1~5

 ナオミとルツがベツレヘムに戻った時は、ちょうど大麦の収穫が始まる時期でした。ルツが目にした景色は黄金に輝く麦畑だったのです。大麦の刈り入れはおそらく1か月くらいで終わったのではと推測します。ルツは落穂拾いの仕事を毎日続け、たくさんの麦を家に持ち帰ってナオミと共に幸せに過ごしたことでしょう。

 ナオミは嫁のルツの幸せを以前から考え(ルツ記1:9)、再婚相手が見つかることを願っていました。大麦の収穫中、たくさんの落穂をルツにだけに与え続けてくれたのですから、ボアズがルツに好意を持っていることは間違いありません。年の功で、ナオミはルツに助言することにしました。今夜、行動してごらんと。

 あなたもナオミの立場にいるかもしれません。若者や後輩には見えないけれど、あなたには見えていることがあります。誰かの背中をちょっと押して、応援してあげましょう。

 あなたが一緒にいた若い女たちの主人ボアズは、私たちの親戚ではありませんか。ちょうど今夜、あの方は打ち場で大麦をふるい分けようとしています。あなたはからだを洗って油を塗り、晴れ着をまとって打ち場に下って行きなさい。(ルツ記3:2~3)

 ナオミは今晩がチャンスだと悟りました。なぜでしょう。今日は大麦のふるい分けの作業をする日なのです。脱穀を終えて大麦をしまったら、打ち上げの食事をします。夜遅くまでかかるので、その場で泊まり込みます。収穫物を泥棒から守るという意味もあるかもしれません。ボアズさんの喜んでいる夜、大仕事を終えたタイミングですから、プロポーズをするには最適の日なのです。

ナオミがルツに逆プロポーズを勧めたのは理由があるでしょう。ボアズさんはルツに好意があるくせに、行動しない、口に出さない人です。このままでは、タイミングを失ってしまいます。ルツから好意を示しても喜んでくれるし、その後は、きっと買戻しのために行動し、ルツと結婚してくれると予測しました。

 ナオミの提案はこうでした。体を洗いなさい。仕事を終えた汗まみれではいけない。油を塗って香水にしなさい。一番の晴れ着を着なさい。そうすれば、思い付きや感情に流されて来たのでないと分かってもらえます。

 これは姿勢を整える段取りです。何事も、何かをすることより、どんな態度で臨むかが大事です。大好きな人にデートを申し込む時も、心を整え、祈りを積んで、行動してみましょう。

 私たちクリスチャンも、聖霊によって洗われ(第一コリント6:11)、キリストの香りを放つ者とされ(第二コリント2:15)、「新しい人」を着た者(コロサイ3:10)なのです。

 3~4節で、どんな行動をすべきかナオミは知恵を授けました。見つからないようにすること。ボアズが寝る場所を見届けること。彼が眠ったら足元に入ること。ボアズが起きるまでじっとしていること。ボアズが起きたら、彼に従うこと。

 秘すれば華です。サプライズ効果があるのです。

 「おっしゃることは、みないたします。」(ルツ記3:5)

 ルツは、ナオミの提案を全部受け入れました。ボアズのことが好きでしたから、全面的に賛成でした。ルツは賢い女性ですから、ナオミの意図を理解しました。身だしなみを整え、心を整え、行動を慎み、勇気を出して実行しました。

 あなたもルツのように、一世一代の行動をする時かもしれません。良く考え、良く祈り、神のみこころを求めつつ、思い切って行動しましょう。結果は神にゆだねましょう。

 仕事を選ぶ、仕事を止める、家を買う、引っ越しをする、最初のデートに誘う、プロポーズする、相手の親に結婚の挨拶に出かけるなど、私たちにも「大麦をふるい分ける」時があるのです。

「主の言われたことはすべて行います。」(出エジプト記24:3)
 「あなたが私たちに命じたことは、何でも行います。あなたが遣わすところには、どこでも参ります。」(ヨシュア記1:16)

 □誰かの背中をちょっと押してあげましょう。
 □今が行動すべきと思ったら、祈りながらやってみましょう。
 □主の言われたことは、みないたします。

第二サムエル4:1~12 後ろ盾

 「サウルの子イシュ・ボシェテは、アブネルがヘブロンで死んだことを聞いて、気力を失った。全イスラエルもおじ惑った。」(第二サムエル4:1)  サウルの息子で唯一残ったのがイシュ・ボシェテでした。将軍アブネルが彼を王として担ぎ上げたので体裁は整っていましたが、指導力も実績も知恵も人...